愛知県稲沢市の北西部、国内屈指の銀杏(ギンナン)の生産量を誇り、晩秋には一万本を超える銀杏(イチョウ)によって町が黄金色に染まる『祖父江町』。
静岡県静岡市と藤枝市の境、平安時代の歌物語「伊勢物語」によって知られるようになった細道と、五街道の一つである東海道が通る峠、そしてその東麓には、往来する人々の休憩地として栄えた集落が残る『宇津ノ谷』。
三重県伊勢市、伊勢神宮内宮の南方深く剣峠麓を源とする「五十鈴川」が河口に向け二手に分かれたことで生み出された三角州状の地であり、伊勢湾に面した海浜とその背後の常緑広葉樹が広がる丘陵地に「音無山」が連なったあたり一帯である『二見浦』。
愛知県新城市の「鳳来寺」への参道の片隅で、2匹のクロアゲハがひらひらと舞う彼岸花の小さな群生を見かけます。
伊勢神宮からおよそ15km離れた三重県明和町にある近鉄「斎宮駅」の北側に広がる地には、かつて「斎宮」と呼ばれた宮殿が建っていました。
愛知県蒲郡市の海岸から約400mに位置し標高は約22~24mで周囲約620~680mの三河湾に浮かぶ小島『竹島』。
愛知県南東部、東西約50kmに延びる「渥美半島」の西端に位置し、タカ・ヒヨドリなど志摩半島を目指す多くの渡り鳥の中継地でもある『伊良湖岬』、そして神域「宮山原始林」を有する丘陵を背にし、太平洋「遠州灘」に面する長さ約1kmの湾曲した砂浜『恋路ヶ浜』。
今よりおよそ2000年前の弥生時代後期の集落と推定され、水田跡や住居などの遺構に加え数々の木製道具や土器が発見された『登呂遺跡』。
第40代天武天皇の時代に役小角が阿弥陀如来を本尊とした阿弥陀寺を建立し、この地を訪れた空海が一千座の護摩を焚き庶民の幸福を祈り、第72代白河天皇の皇室繁栄を祈願する勅願寺として鶴林山大御堂寺と称された通称『野間大坊』。
岐阜県北端部の飛騨市、かつての飛騨河合村と白川村の境に位置し、冬季には半年近く雪に閉ざされる標高1289mの峠である『天生峠』。
標高908.3mの笙ヶ岳を主峰に、南部に標高403mの多度山、北部に標高859mの養老山が連なる養老山地の北東に位置する、落差32mの直瀑『養老の滝』。
江戸時代の城の中で最も高い標高717mに築かれ、高低差180mの山内の険しい地形を利用した800年余りの歴史を持つ山城『岩村城』。
岐阜県のほぼ中央部に位置し、郡上市の標高354mの八幡山に築かれた山城でる『郡上八幡城』。
岐阜県の東南端に位置する中津川市、標高432mの高森山の山頂に築かれ、木曽川からの高度差約170mを誇る山城『苗木城』。
自然石をそのまま積み上げた『野面積み』の美しい石垣に囲まれ、往時の建物は失われながらも広々とした空間が残る『松坂城跡』。
海風から陸風へ。日の傾きに応じて現れる海辺の光と影。夏の賑わいから、誰もいない冬の砂浜。波音が哀愁を醸し、夕日が当たりきらきらした海をぼんやりと眺める白砂青松・百選の地『鼓ケ浦海岸』は、いつもより透明に波立ちます。
江戸時代の五街道のひとつ中山道には67の宿場町と3つの難所があり、太田宿の近くには、流れが速く川幅の広い木曽川を渡る『太田の渡し』がありました。