奈良県の東端に位置し、大和国と伊勢国を結ぶ伊勢本街道が通る、天照大御神の鎮座地を求めて旅した倭姫命ゆかりの山村である『御杖村』。
兵庫県の中東部に位置し、篠山城を中心に栄えた城下町には武家屋敷や町屋が残り、夏にはデカンショ節が盛大に唄われ、秋には黒大豆が豊かに実る『丹波篠山市』。
和歌山県東南端、日本最大の半島である紀伊半島の東南部に位置し、熊野信仰における中心的な役割を担い、川の参詣道と呼ばれる熊野川に接する『新宮市』。
滋賀県甲賀市信楽町の北部、三方を山に囲まれた一面の田んぼの下に眠る、奈良時代に造営された幻の都である『紫香楽宮』。
滋賀県近江八幡市、日本最大の湖である琵琶湖の中央部東岸寄りに位置し、日本で唯一の淡水湖の有人島である『沖島』。
三重県伊勢市、伊勢神宮内宮の南方深く剣峠麓を源とする「五十鈴川」が河口に向け二手に分かれたことで生み出された三角州状の地であり、伊勢湾に面した海浜とその背後の常緑広葉樹が広がる丘陵地に「音無山」が連なったあたり一帯である『二見浦』。
日本の第26代天皇である「継体天皇」(在位507-531)が埋葬されたと考えられている陵墓が、大阪府の北部に2つあります。
伊勢神宮からおよそ15km離れた三重県明和町にある近鉄「斎宮駅」の北側に広がる地には、かつて「斎宮」と呼ばれた宮殿が建っていました。
深緑の木々に囲まれ、来訪者に対して立ちはだかる大手門跡から真っ直ぐに山腹まで伸びるおよそ180メートル・道幅およそ6メートルの両側を堅固な石塁で築かれた「大手道」。
菅笠を三つ重ねたような姿から、別名「三笠山」とも呼ばれる、一面が芝に覆われた『若草山』。
標高1038mの倶留尊山と、亀の背に似た標高849mの亀山を結ぶ西斜面から麓に広がる標高700m・約38haの『曽爾高原』。
滋賀県北東部に位置し、西は琵琶湖に面する長浜市の標高約495mの小谷山一帯に、尾根筋や谷筋を巧みに利用して築かれた山城である『小谷城』。
古事記や日本書紀には、御諸山・美和山・三諸岳などの名で記され、蛇神・大物主大神が鎮まる標高467mの『三輪山』。
京都・嵯峨に生まれ、第100代天皇・後小松天皇の落胤とも伝えられる室町時代の禅僧『一休宗純』。
自然石をそのまま積み上げた『野面積み』の美しい石垣に囲まれ、往時の建物は失われながらも広々とした空間が残る『松坂城跡』。
海風から陸風へ。日の傾きに応じて現れる海辺の光と影。夏の賑わいから、誰もいない冬の砂浜。波音が哀愁を醸し、夕日が当たりきらきらした海をぼんやりと眺める白砂青松・百選の地『鼓ケ浦海岸』は、いつもより透明に波立ちます。