江戸時代の城の中で最も高い標高717mに築かれ、高低差180mの山内の険しい地形を利用した800年余りの歴史を持つ山城『岩村城』。
花崗岩の大地が隆起と沈降を繰り返すことで形成され、一帯には三段の海成段丘が発達した四国最南端の岬である『足摺岬』。
日本海に突き出た、約1200万年前に噴出した巨大な輝石安山岩からなる海食崖であり、国の天然記念物に指定されている『東尋坊』。
岐阜県のほぼ中央部に位置し、郡上市の標高354mの八幡山に築かれた山城でる『郡上八幡城』。
およそ1200万年前に噴出した溶岩が冷えて固まった輝石安山岩からなる丘陵性台地で、標高27m、面積約10.2ヘクタール、周囲2.0kmの海食崖を持つ越前海岸の島である『雄島』。
滋賀県北東部に位置し、西は琵琶湖に面する長浜市の標高約495mの小谷山一帯に、尾根筋や谷筋を巧みに利用して築かれた山城である『小谷城』。
福井県若狭町の南西部、日本海に面した若狭湾と京都を結ぶ「鯖街道」の宿場町として繁栄した『熊川宿』。
敦賀湾の最奥に面し、長さ約1.5km、面積約40万平方メートルに及び、アカマツを中心に約17000本もの樹木が生い茂る、三保の松原・虹の松原と並び称される白砂青松の名勝『気比の松原』。
岐阜県の東南端に位置する中津川市、標高432mの高森山の山頂に築かれ、木曽川からの高度差約170mを誇る山城『苗木城』。
1783年、群馬県と長野県にまたがる浅間山が大噴火し、宿場町・鎌原村を飲み込んだ『天明の大噴火』。
5世紀後半から6世紀初頭に榛名山の麓に築かれた、井出二子山古墳・八幡塚古墳・薬師塚古墳の3基の前方後円墳で構成される『保渡田古墳群』。
1616年に駿府で没して久能山に葬られた江戸幕府初代将軍・徳川家康を神格化し、翌1617年に日光の奥院廟塔へ改葬して「東照大権現」として祀った神社『東照宮』。
水戸藩9代藩主・徳川斉昭が、「衆と偕に楽しむ」との願いを込めて1842年に開園した日本三名園の一つ『偕楽園』。
日本列島のほとんどが海に沈んでいた新生代新第三紀中新世(約2000万~3000万年前)に形成され、大谷地域でのみ産出される有限の石材である『大谷石』。
古事記や日本書紀には、御諸山・美和山・三諸岳などの名で記され、蛇神・大物主大神が鎮まる標高467mの『三輪山』。
京都・嵯峨に生まれ、第100代天皇・後小松天皇の落胤とも伝えられる室町時代の禅僧『一休宗純』。
創設は平安時代とも鎌倉時代とも伝えられ、江戸時代を経て1872年(明治5年)まで存続した『足利学校』。
瀬戸内海西部に広がる伊予灘に面し、かつて「日本一海に近い駅」と呼ばれた、四国旅客鉄道(JR四国)予讃線の駅である『下灘駅』。
愛媛県南部、リアス式海岸が広がる宇和海に面した西海半島北西部に位置し、ひな壇状に石垣を積み上げた集落が広がることから、「石垣の里」とも呼ばれる『外泊』。
雪解けの頃、新たな生命が芽吹き始める『戸隠神社』奥社への参道。1612年頃に植えられた樹齢400年の杉が約500m続く杉並木は、長い年月を重ねた威厳ある姿で参詣者を迎えています。