1616年に駿府で没して久能山に葬られた江戸幕府初代将軍・徳川家康を神格化し、翌1617年に日光の奥院廟塔へ改葬して「東照大権現」として祀った神社『東照宮』。
水戸藩9代藩主・徳川斉昭が、「衆と偕に楽しむ」との願いを込めて1842年に開園した日本三名園の一つ『偕楽園』。
日本列島のほとんどが海に沈んでいた新生代新第三紀中新世(約2000万~3000万年前)に形成され、大谷地域でのみ産出される有限の石材である『大谷石』。
古事記や日本書紀には、御諸山・美和山・三諸岳などの名で記され、蛇神・大物主大神が鎮まる標高467mの『三輪山』。
京都・嵯峨に生まれ、第100代天皇・後小松天皇の落胤とも伝えられる室町時代の禅僧『一休宗純』。
創設は平安時代とも鎌倉時代とも伝えられ、江戸時代を経て1872年(明治5年)まで存続した『足利学校』。
瀬戸内海西部に広がる伊予灘に面し、かつて「日本一海に近い駅」と呼ばれた、四国旅客鉄道(JR四国)予讃線の駅である『下灘駅』。
愛媛県南部、リアス式海岸が広がる宇和海に面した西海半島北西部に位置し、ひな壇状に石垣を積み上げた集落が広がることから、「石垣の里」とも呼ばれる『外泊』。
雪解けの頃、新たな生命が芽吹き始める『戸隠神社』奥社への参道。1612年頃に植えられた樹齢400年の杉が約500m続く杉並木は、長い年月を重ねた威厳ある姿で参詣者を迎えています。
自然石をそのまま積み上げた『野面積み』の美しい石垣に囲まれ、往時の建物は失われながらも広々とした空間が残る『松坂城跡』。
高遠城址に咲く、小ぶりながら鮮やかな淡紅色の花を咲かせ、高遠の地に根付く固有種『タカトオコヒガンザクラ』。
海風から陸風へ。日の傾きに応じて現れる海辺の光と影。夏の賑わいから、誰もいない冬の砂浜。波音が哀愁を醸し、夕日が当たりきらきらした海をぼんやりと眺める白砂青松・百選の地『鼓ケ浦海岸』は、いつもより透明に波立ちます。
江戸時代の五街道のひとつ中山道には67の宿場町と3つの難所があり、太田宿の近くには、流れが速く川幅の広い木曽川を渡る『太田の渡し』がありました。
千百余年前の862年に天台宗の慈覚大師によって開かれた、地蔵菩薩を本尊とする霊場である『恐山』。
照りつける太陽の熱、舞い上がる土埃、行き交う人の息遣い。そして、この場所、Indiaで出会った人々。